ヤンドク!の手術を脳外科医療指導医が解説
⑪妊婦の脳出血と脳室穿破に対する神経内視鏡下血腫除去術(第9話)
妊婦における脳出血(妊娠随伴性脳出血)は、母体と胎児の両方の生命に関わる極めて緊急性の高い疾患です。
特に脳室穿破(のうしつせんぱ)を伴う場合は、病態がより複雑になります。
脳卒中学会専門医としての知見に基づき、わかりやすく解説をまとめました。
妊婦の脳出血とその背景
妊娠中は血液凝固系の変化、心拍出量の増加、およびホルモンバランスの影響により、非妊娠時とは異なるリスク要因が存在します。
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主な原因:
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妊娠高血圧症候群 (HDP): 最も頻度の高い原因です。急激な血圧上昇が血管の破綻を招きます。
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脳動静脈奇形 (AVM) や脳動脈瘤: 妊娠による血流負荷の増大が、潜在的な血管の弱点(奇形や瘤)の破裂を誘発することがあります。
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もやもや病: 日本人に多く、妊娠・分娩期に出血リスクが高まることが知られています。
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今回は右の尾状核という場所から出血をしました。
脳室穿破(のうしつせんぱ)とは
脳の実質内で発生した出血が、脳の内部にある脳室(のうしつ)という髄液が流れる空間に流れ込む現象を指します。
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なぜ深刻なのか:
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急性水頭症: 流れ込んだ血液が髄液の通り道を塞ぐと、脳室が急激に拡大し、脳を内側から圧迫します。
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意識障害の悪化: 脳室穿破を伴うと、通常の脳出血よりも意識障害が重篤になりやすく、迅速な処置が求められます。
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脳室穿破のイメージ
診断と治療の進め方
母体の救命を最優先としつつ、胎児への影響を最小限に抑える高度な判断が必要です。
診断
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CT検査: 出血の有無や脳室穿破の診断に最も迅速で有用です。腹部をリードエプロン等で遮蔽し、胎児への被曝を抑えて実施します。
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MRI: 放射線曝露がないため妊婦に適していますが、検査時間がかかるため、全身状態が安定している場合に検討されます。
治療
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血圧管理: 再出血を防ぐため、降圧薬を用いて厳格に血圧をコントロールします。
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脳室ドレナージ: 脳室穿破による水頭症に対し、細いチューブを脳室に留置して、溜まった血液や髄液を外に逃がし、脳圧を下げます。
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産科的対応: 妊娠週数や母体の容態に応じ、脳外科手術と同時に、あるいは先行して緊急帝王切開を行う場合があります。
医師からのアドバイス
妊婦の脳出血は、これまでに経験したことのないような猛烈な頭痛、嘔吐、片側の麻痺、意識の混濁などで発症します。これらは妊娠中の体調不良として見過ごしてはならないサインです。
脳室穿破を伴うような重症例では、脳神経外科、産科、麻酔科、そして新生児科(NICU)が密接に連携するチーム医療が不可欠です。早期発見と高度な専門施設での治療が、母子の予後を大きく左右します。
参考文献
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日本脳卒中学会『脳卒中治療ガイドライン 2021』
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日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会『産婦人科診療ガイドライン ―産科編 2023』
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Canavero, S., et al. "Intracerebral hemorrhage in pregnancy." (Clinical management guidelines)
神経内視鏡下血腫除去術
今回の手術は脳神経外科と産婦人科と合同手術でした。脳神経外科では神経内視鏡下血腫除去術、産婦人科では超緊急帝王切開術を行いました。
右前頭部の皮膚を切開し、ドリルで湖音波先生が頭蓋骨に穴をあけました。
硬膜を切開し、神経内視鏡を挿入しようとしたときに、子宮から大出血を起こしたために、湖音波先生たちは手を降ろして輸血をシリンジを用いて手動で血液を急速(100ml/分以上)に輸注するポンピングを行いました。これは手術中に危機的出血時に行う手技です。
産婦人科の先生が出血源を止血し、湖音波先生のポンピングが功を奏し血圧が上昇したところで、脳神経外科チームは再度手洗いをして手術に入りました。
神経内視鏡を透明シースで周囲の脳を損傷していないか確認しながら脳室に挿入しました。
脳室には血腫が充満しており、これを吸引で除去していきました。
血腫は無事に除去し、脳室にチューブを入れて皮膚を閉じて閉創しました。
湖音波先生と産婦人科の飯塚先生の熱意で赤ちゃんと母体の両方を救うことができました。
執筆者情報
日本とドイツの医師免許を持つ脳神経外科医
市村 真也(いちむら しんや)
- 医療法人慶真会 川崎中央クリニック院長/横浜フロント脳神経外科・泌尿器科理事長
- 開成高校卒・慶應義塾大学医学部卒
- 脳神経外科専門医・医学博士
- 月9ドラマ「ヤンドク!」脳外科医療指導
- テレビ出演多数
【保有資格・所属学会】
- 日本脳神経外科学会専門医
- 日本脳卒中学会専門医
- 脊椎脊髄外科専門医
- 日本脊髄外科学会認定医
- 日本がん治療認定医
- 日本神経内視鏡学会技術認定医
- 日本医師会認定産業医
- 日本医師会認定健康スポーツ医
- ドイツ医師資格
- ドイツ脳神経外科学会正会員
- ヨーロッパ脳神経外科学会正会員

