神経内視鏡下小開頭血腫除去術
私の書いた<手術のコツとピットフォール 一流術者のココが知りたい>「局所麻酔でもできる 再発慢性硬膜下血腫と急性硬膜下血腫に対する神経内視鏡下小開頭血腫除去術」という記事が学術雑誌「脳神経外科速報」9月号に掲載されました。
一流術者なんて書かれるとうれしいですね
私は日本語で記事を書くことは今までほとんどありませんでしたが、この「脳神経外科速報」誌だけは別で、ドイツ臨床留学記の連載やいくつかの学術的記事を掲載させていただく機会がありました。今回のテーマは既に英文論文で発表している神経内視鏡下小開頭血腫除去術と名付けた手術法で、若手の脳神経外科医にも分かりやすいように解説しました。
神経内視鏡の再認識
以前に私は日本神経内視鏡学会技術認定医を取得しておりましたが、神経内視鏡を積極的に使うことはありませんでした。その意識が変わったのはドイツの留学先であるInternational Neuroscience Institute Hannover(INI Hannover)で教授をなさっていた大井静雄教授と再会し、INIで大井教授の主催する神経内視鏡のセミナーに参加してからです。
大井教授とINI Hannoverでの神経内視鏡セミナーにて
私は2006年に慶應-慈恵の交換プログラムにおいて東京慈恵医科大学脳神経外科教室で交換レジデントとして大井教授の下で小児脳神経外科を学びました。また、私がINIに所属するのにサミー教授に推薦していただいた大恩人でもあります。大井教授はアメリカでトレーニングを受けた国際派の脳神経外科医で、英文論文や学会発表などの学術的活動の重要さを私に教えてくれた恩師の一人でもあります。大井教授が執筆された「医師のための 英語論文執筆のすすめ」という本は本当に名著で、いつも若い先生たちが英文論文を始めて書く際に、この本を読むことを必ず勧めています。大井教授直筆サイン入りのこの本は私の宝物です。
このセミナーでは大井教授の開発した大井ハンディプロ(Oi Handy Pro)というカールストルツ社の硬性内視鏡を使用し、様々なテクニックを教わりました。それまで開頭術にこだわり実践で神経内視鏡を使うことがあまりなかった私にとって、久しぶりに触れる内視鏡が非常に新鮮に映りました。また、開頭術にこだわってきたからこそ内視鏡の利点と欠点を改めて認識することができました。そして帰国したら内視鏡を積極的に使っていこうと決意しました。
大井教授から直々にOi Handy Proの指導を受ける
ピーマンの種を摘出するという模擬訓練でした
神経内視鏡手術の実践
現代の脳神経外科において神経内視鏡と言えば鼻から内視鏡と器械を挿入して、下垂体腫瘍やトルコ鞍近傍の頭蓋底病変の治療や(経鼻的下垂体腫瘍、頭蓋底腫瘍摘出術)、側脳室から内視鏡を挿入して第三脳室底を破って水頭症を改善させるような手術(第三脳室底開窓術)が内視鏡手術の王道と考えられています。
ところが、こうした手術は地域の大きい基幹病院でも数多く行われている手術ではありません。ドイツ留学後に清水に赴任した私にも同様な状況で内視鏡を患者さんに役立てる機会はなかなかありませんでした。また大井ハンディプロのような高性能な内視鏡や、内視鏡に特化した器械がどの病院にでもあるわけではありません。
このような状況下で様々な試行錯誤を重ね、少しだけ頭蓋骨を大きく開けることで(小開頭)今まで使っていた内視鏡や手術器械を挿入し手術する技術を確立しました。小開頭と内視鏡を組み合わせることで、大きく頭を開ける手術(大開頭術)とほぼ同様の手術することができます。この手術は局所麻酔でも施行でき、逆に言うと局所麻酔でできる限界の手術です。局所麻酔下で小開頭によって手術できるということは、全身麻酔で大開頭で手術するより患者さんに負担が少ない(低侵襲)ということです。これを一般病院でも患者さんの多い再発慢性硬膜下血腫と急性硬膜下血腫で実践しました。
私はこの手術法を「神経内視鏡下小開頭血腫除去術」と呼び、日本神経内視鏡学会等の学会で発表し、また2本の英文論文として出版しました。
局所麻酔でもできる神経内視鏡下小開頭血腫除去術
昨今の高齢化に伴って急性硬膜下血腫の患者さんに、全身状態が悪く全身麻酔をかけることが困難な場合があります。また手術室や麻酔科医の都合で直ちに全身麻酔がかけられない場合、患者家族の要望がある場合でも局所麻酔で短時間で施行可能なこの手技は有効です。しかし、この手術は急性硬膜下血腫に対しては様々な制約があるためにすべての患者さんに適応があるわけではなく、手術前によく検討しなくてはなりません。
また同じく高齢化によって慢性硬膜下血腫の患者さんが増えており、それに伴って8-20%に起こる再発した患者さんにもこの手術を行いました。再発慢性硬膜下血腫についは私の想像以上に改善することが多く、期待以上の治療成績を上げることができました。再発慢性硬膜下血腫への手術の論文はオンラインでは既に出版されておりますが、近々紙面で出版されますので、その際にまた内容をブログで掲載する予定です。
「邪道」を「王道」に
この内視鏡の使い方は学会で発表した際に「邪道」と評されたことがありました。確かに経鼻手術と比べると神経内視鏡の使い方としてはあまり華々しくないのは事実です。しかし、下垂体腫瘍や頭蓋底病変といった「王道」の使い方が必要な患者さんよりも、急性硬膜下血腫や再発慢性硬膜下血腫といった一般的な疾患への「邪道」な使い方を必要とする患者さんの方が遥かに多いのが事実です。また、私が学会で数年間発表し続け、英文論文を発表したことで、硬膜下病変への内視鏡の使い方も徐々に認知されてきていると実感していますし、この記事によってより広まって「邪道」が「王道」になってくれればと願います。
今回の日本語の記事でしたので、日本語の特性を生かして英語では表現するのが難しい手術の微細なニュアンスをできり限り伝わるように注意して書きました。日本できちんとトレーニングを受けた脳神経外科医なら、この記事を読んでいただければ明日からでもすぐに実践できるテクニックだと思います。
協力してくれた後輩達
今回は静岡で共に働いた慶應義塾大学脳神経外科学教室の3人の後輩達と手術をしている写真を掲載させていただき、思い出深い記事となりました。手術とは術者一人でできるものではなく、術者と助手で協力しながら行うとよりよい手術ができます。術者はときに役割を交代して助手に指導することもあります。この手術は難易度的にはさほど難しくない手術なので、神経内視鏡手術の導入としては最適です。
私に内視鏡手術を教えてくれた大井教授は世界各国から招待され、世界中の若き脳神経外科医に自分の培ってきた技術を指導するような素晴らしい指導者です。大井教授ほどではありませんが、私も脳神経外科に入局したばかりの若者達に神経内視鏡を学ぶチャンスを少なからず与えることができたのではないかと自負しております。
妻が書いてくれたイメージ図
この手術法のコンセプトを示すために、手術のイメージ図が必要だったのですが、絵が下手なので私に代わって、妻が書いてくれました。妻は絵が上手なので、私の理想通りに描いてくれました。この場を借りて感謝いたします。