再発慢性硬膜下血腫に対する神経内視鏡治療の英文論文が出版されました
英文論文が出版されました
再発慢性硬膜下血腫に対する神経内視鏡下小開頭血腫除去術という私が書いた英文論文が出版されました。「Turkish Neurosurgery」誌というトルコ脳神経外科学会の学会誌で、Impact FactorがありPubmedにも収載されているので私の中での投稿すべき英文学術雑誌の2条件を満たしています。出版料を払えば掲載できる、いわゆる「ハゲタカジャーナル」ではないです。
川崎中央クリニックに異動する前の静岡時代の最後の英文論文で、受理されるまでに2年以上かかりました。この論文が受理されたことで、勤務医時代に思い描いた全てのアイディアを英文論文と出版することができて満足しております。この論文はopen accessといって無料でダウンロードすることができますので、よろしければアクセスしてください。
筆頭・責任著者が私で、共著者はこの手術を共に行った慶應義塾大学医学部脳神経外科学教室の後輩達3人の先生と静岡市立清水病院時代のボスで病院長である藤井浩治先生です。
慢性硬膜下血腫とは?
慢性硬膜下血腫とは、頭をぶつけた後、しばらくして(通常1~2ヶ月後)に頭部の頭蓋骨の下にある脳を覆っている硬膜と脳との隙間に血が貯まる病気で、血腫が脳を圧迫して頭痛、片麻痺(歩行障害)、精神症状(認知症)などの症状がみられます。は通常、高齢で男性に多く見られ、年間発生額度は人口10万人に対して1~2人です。昨今の高齢化に伴って慢性硬膜下血腫の患者が増加しております。慢性硬膜下血腫に対しては一回目の手術は、局所麻酔にてドリル頭蓋骨に100円玉程度の穴をあけチューブを挿入し、一晩かけてじっくりと血腫を流出させて翌日にCTにて血腫が除去されているのを確認した後にチューブを抜去する方法(穿頭による閉鎖式ドレナージ術、シンプルドレナージ術)を行うのが全国的には一般的で確立された治療法です。慢性硬膜下血腫は我々脳神経外科医の中では最も頻繁に遭遇する病気で、若手脳神経外科医がまず初めにこの手術を習得することが一人前の脳神経外科医への第一歩となります。
標準治療の確立されていない再発慢性硬膜下血腫
慢性硬膜下血腫の大きな問題としては一度なってしまうと手術をしても再発することが多くて、その再発率は8-20%と言われていています。ところが慢性硬膜下血腫は我々にとってこれだけありふれた病気で、なおかつ再発率も高いのがはっきりしていることなのに、なぜか今までに再発慢性硬膜下血腫に対しての標準的治療が確立されててきませんでした。私はこの点をずっと疑問に思っており、出来ればいつか治療法を自ら開発したいとずっと願っていました。
再発慢性硬膜下血腫への神経内視鏡手術
以前のブログに書いた通り、神経内視鏡に目覚めたのはドイツの留学先であるInternational Neuroscience Institute Hannover(INI Hannover)で教授をなさっていた大井静雄教授と再会し、INIで大井教授の主催する神経内視鏡のセミナーに参加してからです。帰国後から神経内視鏡を積極的に手術に使用し始め、再発慢性硬膜下血腫に対して何とか神経内視鏡を応用できないかと試行錯誤し、少しだけ頭蓋骨を大きく開けることで(小開頭)今まで使っていた内視鏡や手術器械を挿入し手術する技術を確立しました。小開頭と内視鏡を組み合わせることで、大きく頭を開ける手術(大開頭術)とほぼ同様の手術することができます。これは以前のブログでご紹介した急性硬膜下血腫への神経内視鏡を使った手術と同じ手法です。
妻が書いてくれたイラスト(脳神経外科速報の記事より)
この手術は局所麻酔でも施行でき、逆に言うと局所麻酔でできる限界の手術なので高齢者が多く、全身麻酔のリスクの高い再発慢性硬膜下血腫の患者さんにはいい治療法だと考えられます。
この手術を再発慢性硬膜下血腫に対して行い、ほぼすべての患者で再々発を起こさず全ての患者を治療でき、良好な成績を上げました。また、再発慢性硬膜下血腫を神経内視鏡で観察していく中で、初回手術で一つの小さな穴から血腫を表面的に観察するだけでは分からなかった慢性硬膜下血腫の奥深さを知ることになりました。具体的には血腫の外側の膜(血腫外膜)は非常に血流に富んでいて、手術操作で簡単に出血しやすいということです。慢性硬膜下血腫は未だに分からない事の多い疾患で、どうしてこのような病態になるのかが解明されておりませんが、私は血腫外膜こそがこの病気の核心だと考えています。また、この手術でのカギは脳と直接接している血腫内膜を切開切除することです。血腫内膜が脳の膨隆を妨げて、脳が硬膜下の空間を押し上げることができず、その隙間に血腫外膜から血腫が再増大してくることが多いと考えているので血腫内膜をしっかりと切開除去することにより脳の膨隆を促進させることが重要です。
一方でこの手術にもリスクがあります。まず第一に大きく頭蓋骨を開ける大開頭手術よりも血を止めるのが難しいということです。しかし、この手術法は決して難易度高いものではないので出血が起きても電気メス(バイポーラ)で止血することはさほど難しくはないです。若手脳神経外科医がインストラクターと共に神経内視鏡手術を始めるにあたり最適な手法だと考えています。
二つ目に神経内膜を切除することで血腫が脳表面と直接接してしまうことから、てんかん発作が起きやすくなりますが、現在は以前よりも副作用の少ない新規抗てんかん薬がありますので、場合によってはこれらを予防投与することでてんかん発作を未然に防ぐことができます。
これらのようなリスクはありますが、それでもなおこの手術法は再発慢性硬膜下血腫には有効であると考えています。
この論文の意義
実はこの論文は私にとって自信作でしたが、受理されるのに2年以上かかりやっと出版されました。正直なところ、今回の今回の学術雑誌はトップジャーナルではなく、Impact Factorも高くないために同業者には軽視されるかもしれないと覚悟もしております。これは脳神経外科医にとって慢性硬膜下血腫はありふれた病気なので、この疾患に対して誰しもが一家言があるからだと考えており、実際に査読者から厳しい意見もいただきました。
しかし、この論文はImpact FactorがありPubMedに掲載されることによって、再発慢性硬膜下血腫で困っている日本のみならず世界中の脳神経外科医や患者さんがこの論文にアクセスして参考にすることができます。これが英文で論文を書く最大のメリットです。
インターネットやPubMedで世界中の英知を検索できるようになった現代こそ、どんな些細なことでも国際共通語である英語で科学論文を書くことによって少しでも医学の発展に役立てると信じています。またこの論文により、再発慢性硬膜下血腫に対する治療法の選択肢の一つを提示できたと自負しております